東京高等裁判所 昭和59年(ネ)3402号 判決 1985年9月26日
控訴人
井出孝二
右訴訟代理人
倉田雅年
中村光央
被控訴人
静岡県信用保証協会
右代表者理事
池ヶ谷俊一
右訴訟代理人
城田冨雄
被控訴人
静清信用金庫
右代表者代表理事
舘石和夫
右訴訟代理人
奥野兼宏
河村正史
小倉博
主文
一 原判決中控訴人の被控訴人静岡県信用保証協会に対する請求を棄却した部分を取り消す。
二 被控訴人静岡県信用保証協会は、控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載(一)の土地について、昭和五八年一〇月二一日一部代位弁済を原因とする二番及び五番根抵当権の同被控訴人持分の移転登記手続を、原判決別紙物件目録記載(二)の建物について、同日一部代位弁済を原因とする三番及び四番根抵当権の同被控訴人持分の移転登記手続をせよ。
三 控訴人のその余の控訴を棄却する。
四 訴訟費用中控訴人と被控訴人静岡県信用保証協会との間に生じたものは第一、二審を通じこれを同被控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人静清信用金庫との間に生じた控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人静清信用金庫は、控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載(一)の土地についてされた原判決別紙登記目録一記載の各登記及び原判決別紙物件目録記載(二)の建物についてされた原判決別紙登記目録二記載の各登記の各抹消登記手続をせよ。
3 主文第二項同旨
4 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人静岡県信用保証協会(以下「被控訴人協会」という。)
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
三 被控訴人静清信用金庫(以下「被控訴人金庫」という。)
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張
当事者双方の主張は、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。
第三 証拠<省略>
理由
一控訴人と被控訴人協会との間では、次の1ないし7の事実は争いがない。また、控訴人と被控訴人金庫との間では、次の1ないし5、7の事実は争いがなく、6の事実は弁論の全趣旨によつてこれを認めることができる。
1 訴外米田栄治は、被控訴人金庫との間で、米田建設(訴外米田建設株式会社)と被控訴人金庫との間の継続的信用金庫取引により米田建設が被控訴人金庫に対し負担する債務を担保するため、昭和五〇年一一月一二日及び同五五年一〇月二四日に本件土地(原判決別紙物件目録記載(一)の土地)について、同五三年六月一日及び同五五年一〇月二四日に本件建物(原判決別紙物件目録記載(二)の建物)についてそれぞれ根抵当権設定契約を締結し、これに基づいて、本件土地については静岡地方法務局昭和五〇年一一月一五日受付第五一八三九号根抵当権設定登記及び同地方法務局昭和五五年一〇月二四日受付第四九四〇八号根抵当権設定登記が、本件建物については同地方法務局昭和五三年六月一〇日受付第二七九九七号根抵当権設定登記及び同地方法務局昭和五五年一〇月二四日受付第四九四〇八号根抵当権設定登記がそれぞれされた。
2 米田建設は昭和五六年五月一五日被控訴人金庫から三〇〇万円を借り受け、被控訴人協会は米田建設からの委託を受けて同月二日ころ被控訴人金庫との間で右貸金債務を保証する旨の保証契約を締結し、控訴人は同日被控訴人協会との間で将来被控訴人協会が右保証債務を履行した場合に米田建設に対して取得する求償債権を担保するための連帯保証契約を締結した。
3 米田建設は昭和五七年六月八日ころ被控訴人金庫から七〇〇万円を借り受け、被控訴人協会は米田建設からの委託を受けて同月三日ころ被控訴人金庫との間で右貸金債務を保証する旨の保証契約を締結し、控訴人は同日被控訴人協会との間で将来被控訴人協会が右保証債務を履行した場合に米田建設に対して取得する求償債権を担保するための連帯保証契約を締結した。
4 右1記載の各根抵当権は、いずれも昭和五八年六月二三日に確定した。
5 被控訴人協会は、昭和五八年九月二二日、被控訴人金庫に対して、右2及び3記載の保証債務の履行として米田建設の被控訴人金庫に対する右2及び3記載の貸金債務の残金八〇二万五九七八円を代位弁済した。
6 控訴人は、昭和五八年一〇月二一日、右2及び3記載の連帯保証債務の履行として八〇三万七六八六円を被控訴人協会に弁済した。
7 本件土地について被控訴人金庫のため原判決別紙登記目録一記載の各登記(根抵当権の被控訴人協会の持分の被控訴人金庫の持分への順位譲渡登記)が、本件建物について同被控訴人のため原判決別紙登記目録二記載の各登記(根抵当権の被控訴人協会の持分の被控訴人金庫の持分への順位譲渡登記)がそれぞれされている。
二<証拠>によれば、被控訴人金庫は、米田建設に対し、右一の2及び3記載の貸金のほか、手形貸付により、(一)昭和五七年三月三一日、三〇〇〇万円を、(二)同年九月二〇日、三〇〇〇万円をそれぞれ貸し渡し、未だ右(一)の貸金については一二九二万四九四一円、(二)の貸金については二八〇〇万円の債務の弁済を受けていないことが認められる。
三右一、二の事実によれば、被控訴人協会の右一の5記載の代位弁済は被控訴人金庫が右一の1記載の継続的信用金庫取引により米田建設に対し右一の1記載の各根抵当権を担保として貸し渡した貸金の一部弁済であつたと認められるが、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。
1 被控訴人協会は、右一の5記載の代位弁済に際して、被控訴人金庫との間で、右代位によつて被控訴人協会が被控訴人金庫から取得した権利について被控訴人金庫から請求があればその権利又は順位を無償で譲渡する旨約した。
2 その後、被控訴人協会は、被控訴人金庫から右約定に基づいて順位の譲渡の請求を受けたので、昭和五八年九月二二日、被控訴人金庫との間で、前記一の1記載の根抵当権のうち一の5記載の一部代位弁済を原因として被控訴人協会に移転した持分について被控訴人金庫に対し順位譲渡する旨の契約を締結した。
3 右契約に基づき、前記当事者間に争いがない一の7記載の各登記がされた。
四ところで、抵当権(元本の確定した根抵当権についても同じ。)の順位の譲渡は、一般に先順位の抵当権者から後順位の抵当権者に対し両者の有する抵当権による優先配当額について譲受人である後順位者に優先的に配当を受けさせる地位を与えるために行われる抵当権の処分の一形態であり、同一順位の抵当権者間においても譲受人に優先的に配当を受ける地位を与えるためにこれを行うことが許されるものであるが、その性質上、後順位者から先順位者に対し順位を譲渡することはできないものである。
債権の一部について代位弁済がされた場合に、代位弁済者は、債権者とともに債権者の有する抵当権を行使することができるが、その抵当権が実行されたときにその代金の配当については債権者に優先されるものと解すべきであるから(最高裁判所第一小法廷昭和六〇年五月二三日判決参照)、本来、右のような後順位の一部代位弁済者から代位弁済により行使することができることとなつた抵当権の順位を先順位者である債権者に譲渡することはできないものというべきである。しかしながら、従来銀行取引において債権者である銀行と保証人との間で保証人が債権の一部について代位弁済をした場合代位によつて行使することができることとなつた抵当権についてその順位を債権者である銀行に譲渡する旨の契約が締結されその契約に基づいて抵当権の順位譲渡の登記が行われていることは、顕著な事実である。これは、従来、債権の一部代位弁済の場合において代位弁済者の行使することができることとなつた抵当権が実行されたときの配当に関し、債権者が優先するかどうかについて学説上争いがあり、判例も明確でなかつたため、債権者が優先的な配当を受けることができるようにする目的で行われていたものである。しかし、債権の一部について代位弁済がされた場合の債権者と代位弁済者との前記のような関係に照らすと、右の抵当権の順位譲渡の契約は、債権の一部を代位弁済した者が債権者とともに行使することができる抵当権の実行による配当について債権者に劣後する地位にあることを確認する趣旨の合意であり、それとともに抵当権の順位の譲渡の登記をする旨の合意がされた場合は、右登記の形式を借りて代位弁済者が当該抵当権の実行による配当につき債権者に劣後する地位にあることを明らかにする登記を行うことを約したものというべきであつて、右合意に基づいてされた抵当権の順位譲渡の登記は、それにそう実体関係を欠くものとして無効であると解すべきものではなく、代位弁済者が債権者から受けた抵当権の一部の移転登記と相まつて債権の一部代位弁済によつて弁済者が当該抵当権について法律上取得した現在の地位(権利内容)に合致しこれを表示するものとしてもとより有効なものと解すべきである。そして、右のような債権の一部代位弁済者の地位は法律上当然に生ずるものであるから、債権者と代位弁済者との間における前記のような抵当権の順位譲渡の合意は何ら新たな物権変動を生ずるものではなく民法三七五条所定の抵当権の処分には当たらず、また抵当権に加えた制限にも当たらないものであつて、これにより対抗の問題を生ずる余地はなく、右一部代位弁済者に対し更に代位弁済した者(以下「第二代位弁済者」という。)も当然これを承認せざるをえないものであり、これに基づく順位譲渡の登記についても右法律上当然に生ずる地位(自己が行使することのできる抵当権の内容)を表わすものとしてこれにより何ら不利益を被るものではないから、右第二代位弁済者は代位により行使することのできる抵当権に基づいて債権者に対し右抵当権の順位移転の登記の抹消登記手続を請求することはできないものというべきである。
前記三認定の被控訴人金庫と被控訴人協会との根抵当権の持分の順位譲渡の合意及びこれに基づく一の7の各登記は、結局右に述べた趣旨のものと解すべきであり、したがつて、被控訴人協会に対し代位弁済した控訴人としても右合意を承認しなければならず、また右各登記により何ら不利益を被るものでもないから、被控訴人金庫に対し右各登記の抹消登記手続を求める控訴人の請求は理由がない。
五しかしながら、前記一の6の事実によれば、控訴人は被控訴人協会に対する代位弁済により被控訴人協会が被控訴人金庫に代位して行使することができる一の1記載の各抵当権について被控訴人協会に代位してこれを行使することができることとなつたものと認められるから、控訴人は、被控訴人協会に対し、同被控訴人の有する右抵当権の持分(その権利内容は、前記のとおりである。)について移転登記手続を求めることができるものというべきである。
六そうすると、原判決中被控訴人協会に対する請求を棄却した部分は失当であり、右部分に対する控訴は理由があるから、右部分を取り消して請求を認容することとし、また、原判決中控訴人の被控訴人金庫に対する請求を棄却した部分は正当であり、右部分に対する控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴人と被控訴人協会との間の訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、控訴人と被控訴人金庫との間の控訴費用の負担について同法九五条、八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官西山俊彦 裁判官越山安久 裁判官村上敬一)